胞状奇胎疑いから大学病院へ

胞状奇胎妊娠をしていた時は、

5週目くらいから微量の茶色い出血が出ていて、全く止まりませんでした。

8週目くらいから、水を飲めないほどのつわりが続きました。

胞状奇胎がはっきり疑われる前のエコー写真はこちらです。

胞状奇胎のエコー写真があります。苦手な方はご注意ください

見たい方は下へスクロール

どう見ても胎嚢じゃない。

丸くないし、胎芽も卵黄嚢もないし、心拍もない。

この時点で医師は何も言わず、安静にしているようにだけ、言われました。

病院へ行ってみると「胞状奇胎」の疑いと言われました。

検索見ると、「高い確率で癌になるとのこと」、目の前が真っ暗になりました。

その後、近くの大学病院を紹介され、タクシーを病院に呼んでもらい、

そのまま大学病院で診察することになりました。

大学病院にいく前夜は一人家で枕を涙で濡らしました。

 「高い確率で癌になる。」という言葉が頭が離れず、

31歳になったばかりなのに、もう死んじゃうのかなと思って泣いていました。

大学病院では、やはり胞状奇胎の疑いがあるということで、すぐに手術が決まりました。

少し他の記事で書きましたが、当時独身で、妊娠した相手はちゃんと責任をもってくれず、病院にも来てくれませんでした。

手術

当日、一人で病院へ行き、手術しました。

他の病室から聞こえる赤ちゃんの声。

胞状奇胎になる前は気にもしなかった赤ちゃんの泣き声は、

手術後は耳をつんざくようないやな音に聞こえました。

「私には赤ちゃんはいないの!お願いだから生きている赤ちゃんの声はやめて」

そう何度も思っても耳をふさいでも聞こえてくるうぶ声。

幸い胞状奇胎の症状である重いつわりも手術後にすぐ消えて、

元気になりました。ただ、私はこのあとも続く、胞状奇胎から苦悩を知らなかったのでした…..

その後無事胞状奇胎の手術が終わりました。

胞状奇胎は完全に取り除かないとダメなので、手術は基本2回します。

2週連続で同じ手術をします。最初の一回目は子宮が柔らかくなっているので、

子宮を傷つけないように手術するから1回の手術だと取り切れないからだそうです。

無事に手術が終わった後は、やっとやっとごはんが食べられるようになって、

ごはんが食べられることの幸せをかみしめながら泣きながらデパートでごはんを食べました


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