仕方ない….赤ちゃんの誕生を待つ人と婦人科で生死のはざまにいる患者が同じ空間で待つこと

抗がん剤治療2日目。

前日にメトトレキサートの注射を受けた影響なのか、朝から体が重く感じました。

目が覚めてもすぐには起き上がれません。

吐き気があり、何も食べる気になれませんでした。

無理に朝食を取ることはせず、ソファーで横になりながらバスの時間を待ちました。

これからまた病院へ行かなければなりません。

私の治療は、月曜日から金曜日まで毎日通院してメトトレキサートの注射を受けるスケジュールでした。

まだ始まったばかりなのに、

「あと何日続くんだろう」

そんなことばかり考えていました。

時間になると、重い体を起こしてバスに乗ります。

吐き気と倦怠感と闘いながら病院へ向かう時間は、本当に長く感じました。

産婦人科の待合室が地獄

病院に到着すると、産婦人科外来へ向かいます。

そこで私が毎回つらかったのは、待合室の光景でした。

そこにはお腹の大きな妊婦さんがたくさんいます。

付き添いのご家族と楽しそうに話している方。

健診を待つ方。

そして、生まれたばかりの小さな赤ちゃんを抱っこしているご家族。

そんな光景が目に入るたびに、私は思わず目をそらしていました。

抗がん剤治療の前も同じように病気の進行におびえながら、

待合室にいた日々。

私が通っていた婦人科は、小児科や授乳室、産科に囲まれた場所にありました。

そのため、待合室にいるだけで赤ちゃんの泣き声が聞こえたり、

幸せそうな親子の姿が見えたりします。

もちろん、産科と婦人科が同じ場所にあるのは珍しいことではありません。

病院の事情を考えれば、ごく当たり前のことなのだと思います。

でも当時の私にとって、その空間はとてもつらい場所でした。

喉から手が出るほど子どもが欲しかった。

妊娠した先にあるはずだった未来を失ったばかりだった。

それなのに私は赤ちゃんを抱く側ではなく、抗がん剤治療を受けるためにそこに座っている。

その現実を突きつけられるような気持ちでした。

周りの誰も悪くありません。

妊婦さんも、赤ちゃんも、幸せそうな家族も何も悪くありません。

それでも心が追いつかない日がありました。

吐き気や倦怠感だけではなく、目に映る景色そのものが苦しかったのです。

抗がん剤治療中の通院は、体のつらさだけではありませんでした。

失ったものと向き合いながら過ごす時間でもあったのです。

もちろん自分だけではなく、他の方も癌の告知や癌で余命を伝えられ、

必死の思いで治療していることでしょう。

そんな中で赤ちゃんに異常があったり、

持病を抱えて出産される方もいるかと思いますが、

妊婦と患者が同じ空間で待つことは違和感がありました。

妊婦さんの中には死産、流産宣告されている方もいるでしょう。

いろいろな事情がある方がいると思います。

仕方がないことなのかなあと思いました。


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ:

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です