告知までの時間

化学療法をするかもしれないと言われ、

産業医、職場に検査結果が出る前に相談しました。

あの日のことは、今でも忘れられません。

胞状奇胎と診断されてから、私は毎週のように病院へ通っていました。

お腹にいたのは赤ちゃんではなく胞状奇胎

病院へ向かう電車の中で気分が悪くなり、吐きそうになることもありました。

診察の日が近づくたびに不安が強くなり、

「hCGは下がっているだろうか」

「もう大丈夫と言ってもらえるだろうか」

そんなことばかり考えていました。

流産を経験しただけでもつらかったのに、胞状奇胎という聞き慣れない病気になり、

毎週結果に一喜一憂する日々。

そんな中、医師から追加の検査を勧められました。

CT、MRI、レントゲン。

嫌な予感がしました。

「やはり抗がん剤治療(化学療法)になるのだろうか」

そんな不安でいっぱいでした。

そして、もうひとつつらかったのが待合室です。

産婦人科にはたくさんの妊婦さんがいました。

大きなお腹を抱えた人。

エコー写真を見ながら嬉しそうに話している人。

付き添いのご主人と笑顔で会話している人。

本当は見たくありませんでした。

目をそらしたいのに、なぜか見てしまう。

そして見てしまったあとに、ひどく落ち込むのです。

「私もああなれると思っていた」

「私も赤ちゃんを抱けると思っていた」

そんな気持ちが次々と湧いてきました。

妊婦さんたちに何か悪いことをされたわけではありません。

それでも、どうしても羨ましかったのです。

一方で、大学病院の婦人科の待合室を見渡すと、そこにいるのは自分の母や祖父母世代の患者さんばかりでした。

がん治療や手術のために通院している人たち。

若い女性はほとんど見かけませんでした。

若い人たちは産科にいて、新しい命の誕生を待っている。

私は婦人科にいて、病気の経過観察を受けている。

その違いが、とても残酷に感じました。

待ち時間が長くなるほど緊張も強くなります。

心臓はずっとバクバクしていて、落ち着かなくて何度もトイレへ行きました。

名前を呼ばれるまでの時間が、本当に長く感じられました。

病院へ行くだけで疲れ切ってしまう。

それでも結果を確認しなければならない。

「もし抗がん剤治療をすることになったら、子供を産めるのかな」

「貯金がつきる前に治療は終わるかな」

「この先結婚できるのかな」

「子供が産めなくなったら、生きている価値なんてない。

私の夢は大家族を作ることだった」

「髪が抜けてしまったら、私を好きになってくれる男性はいるのだろうか」

「抗がん剤治療は辛いのだろうか」

心臓をばくばくさせながらそんなことばかり考えていました。


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